ぬるま湯やっほー

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僕が本を読まない理由

タイトルの通り僕はほとんどと言って良いほど本を読まない。30年近く生きて来たが、読み切った本は50冊にも届いてないと思う。一般的な家庭だったので、「本を読みなさい」の類はよく言われた。しかし、読まなかった。なぜ読まないのかと思ったんだが、それには理由がある気がした。その理由を書きながらまとめたいと思う。

本を読まない理由1 ショートカットしたくない

世の中には素晴らしい本が出回っている。おそらくたくさん読めば色々な素晴らしい人の思考に触れることが出来るだろう。ただそれがなんとく狡い気がした。その素晴らしい思考や経験はその人が苦労して身につけたものだ。「他の人に同じ苦労させたくない。」そういう思いで、書いたんだと思う。読むのは簡単だ。非常に簡単だ。簡単過ぎてきっと身につかないと思うし。身についたと思っても、おそらくその過程にこそもっと大事なことがあるはずだ。それは本には書ききれていないだろう。とにかく実践しないとダメだ。自分で考えて自分で答えを身につけなければダメだ。方向すら指してもらうのもダメだ。時に、正解とは逆の方向へと突っ走る必要があると思う。そして僕は途中でそれが逆の方向だと気づける自信があるし、仮に気づかなくてももう1つの正解が見つけられるんじゃないかと思っている。もしかしたら自惚れてるだけかも知れないが。

本を読まない理由2 思考をぼかしたくない

本ではないが、自分より優秀な人と会話をすると、その素晴らしい思考に圧倒される。未熟な僕の脳にスーッとその思考が入り、僕の一部になる。心地よいし、一気に成長できた気がする。実際成長しているのだろう。ただ、もしその出会いがなければ、僕はどうなっていたのだろうと時々思う。今僕がアウトプットするものは僕が由来なのか、彼が由来なのか分からなくなってしまいそうになる。だから本当に煮詰まって、八方塞がりになってしまって、一通りもがいて、暴れて、さらにもうひとふんばりして、それでもダメだった時、そんな時だけに助言が必要になると思っている。塞がる前に対処してしまうのは面白くないだろう。転ばぬ先の杖を常に携帯して、何が楽しいだろうか。
そして、たまに他人の考えを自分の考えのように話す輩がいるが、もう少し検証して、自分の考えとして根付いてから口に出して欲しい。白々しい。

本を読まない理由3 批判的だから

僕はおそらくかなり批判的だ。自分の目で確かめたり、検証しない限り、相手の言っていることは最大で50%までしか信じない。そして、それを確かめるための検証には、ものすごく時間がかかる。3年前に読んだ1冊の本が、僕にとってすごくためになりそうだった。だから僕は今それを検証している。しかし、3年経ってもまだ検証が終わらない。同じ本を7回は読んでいる。ここで新たに新しい本を読む必要があろうか。僕が思うに、批判的に本を読めない人は、すべての本を検証なしに鵜呑みにして、良いも悪いも全部ごちゃ混ぜにしてしまっているのでないだろうか。同じようにネットの情報に関してもどれが正しいのか分からなくなってしまっているのではないだろうか。そういう人たちには読書は無意味だと思う。

本を読まない理由4 国語力が身に付くわけではない

学生の話で「国語力 = 読書量」みたいな印象があるが、そんなことはない。どちらかというと数学が出来る奴が国語も得意だった。学生の国語力なんて論理的思考を問うものだから、数学が出来れば基本的に国語が出来るという訳だ。たまに国語は出来るが、数学が苦手という人がいるが、単純に暗記が好きなだけだと思う。もちろん特殊なジャンルで知識を身につけたいなら、そのジャンルの本や論文は読む必要があるだろう。僕はプログラマなので、ドキュメントやサンプル、あとは実際検証したブログ記事なんかはよく読む。

以上4つが今思いつく理由だ。 本当はもっと根深いところで、理由があるかも知れない。また気づいたらこのブログに書こうと思う。