ぬるま湯やっほー

アプリ作って生活しようと思ってます。

恥ずかしい人を見ると自分も恥ずかしくなる共感性羞恥

テレビなんかで、この人恥をかくだろうなぁとか、そういうシーンで自分が恥ずかしくなったり辛くなったりします。僕がそうです。多分。共感性羞恥という言葉らしいです。少し前にテレビで取り上げられたみたいですね。

まずバラエティなんかだと、とにかくホリケンが辛いです。ホリケンって知ってます?ネプチューンの。彼の特異なボケに対して、僕は毎回居た堪れなくなって、恥ずかしくなって、自分も一緒にとび跳ねたり、ソファのクッションに顔をうずめたりしてます。あ、面白すぎるって意味ですよ。てかスベること前提にはじける芸人は基本見るのが辛いです。ドラマなんかでも、告白シーンなどがすごくきつくて、「ワー!」「キャー!」すごいんですよ僕。意外でしょ。クッションに顔をうずめたり、キャーキャー言うなんて、女の子なら良かったですけどね。僕ですからね。テラスハウスでもワーキャー叫びまくってます。告白シーンが終わるまで、うろうろ歩き回ったり、別室に移動して隙間から見るなんてこともあります。あとは漫画なんかでも、感情移入し過ぎて、涙が止まらなくなるんですよね。ここ3年間くらいで読んだ中で気に入ってる綺麗なシーンは陰陽師の9巻の最後の方で博雅が「山が燃えている」と言うシーンとか、

陰陽師 9 (ジェッツコミックス)

陰陽師 9 (ジェッツコミックス)

「山が燃えている」

「あんなことがあったのに...」

「あんなことがあったのに...」

「何もできなかった」

「どうにも止められなかったんだよ晴明」
陰陽師 9 (ジェッツコミックス)

あとはフリージア11巻でヒロシがケイコの真実に気付くシーンとが、綺麗でビンビン感じました。

フリージア 11 (IKKI COMIX)

フリージア 11 (IKKI COMIX)

「カレーの材料買ってきてくれた、ヒロシー」

「もうお腹へっちゃったよー」

「この違和感は...」
フリージア 11 (IKKI COMIX)

オススメです。

この共感性羞恥は、10人に1人くらい割合で存在しているそうです。この感性がある人は、相手の立場に立って考えるのが得意な気がします。僕の生業であるアプリ作りでも、ユーザーの気持ちに立って考えるのが非常に大切ですし、あと思ったんですけど、僕は周りの人よりプログラミングのコードの読解力がある気がしてて、でもそれって僕がこのコードを書いた人の考えというか性格をいつも意識してるからであって、それってこの共感性羞恥からくるんじゃないかなぁと思ってます。最近思ったのはRuby on Rails作ってる人と性格合わなそうだなぁってことです。だって、明らかに用意してあげなくても良さそうな関数とか用意してんだもん。甘やかし過ぎやで。