ぬるま湯やっほー

アプリ作って生活しようと思ってます。

結婚したら勝ち組なのか

生物学的に考えると、個の保存的な意味合いでは、結婚して子供を作れれば自分の遺伝子が後世に残ることになるので、勝ち組でしょうね。ただ、人間という種全体で考えると、誰かが子供産めば良いので別に、自分が子孫を残そうが残さまいがどっちでも良いわけです。多分ただ生きて死んでいくだけでも、少なからず世界に何らかの影響を与えているはずなので問題ないでしょう。もちろん雇用を創出するようなお仕事や、誰かを救うようなお仕事に付いていれば、立派と言えるでしょう。が、一見マイナスに見えるような行為も長い目で見れば必要だったと捉えらえる場合もあるし、一見プラスに見えることもマイナスに働く場合があるので、絶滅しない限り、その行為に勝ち負け要素は付いてこないでしょう。

では勝ち組/負け組とは何の勝負をしているのか

ここの定義が曖昧だから喧嘩になるんですよ。結局個の遺伝子の話なんですよ。自分の遺伝子を後世に残せない時点で、生物学的な同種内の争いにおいては負けなんです。結婚して子供がいて、勝ちを宣言したい人ははっきりこの点を伝えましょう。孫もそうです。個で考えると、子供ができなかった段階で、絶滅ですから。「私の遺伝子は次世代に受け継がれたから勝ち組だ!」って叫べばいいんです。

だからそれ以外の勝負においては勝ち負けなんてない

幸福度的な目に見えない数値で勝負しようとすると、結婚しても不幸な人はいるし、独身でも幸せな人がいる。あくまでここは個人の主観であるがために、ここで勝ち負けを決めるのはナンセンスだ。だからどっちでも良い。そして生き方に優劣はない。あくまで自分自身がどう感じるかでしかない。だからどうしても比べたいなら過去の自分自身と比べると良い。結婚する前より、結婚した後の方が私は幸せである。子供が出来る前より子供が出来たあとの方が私は幸せである。離婚して私は幸せになった。昨日より今日の方が幸せである。これは主観的な比較なので間違いない。だがこれを他人に強要してしまうとややこしくなるし無意味である。

親の思いと子の思い

今この記事を読んでる人は生死は問わず100%親がいる。もし親が、自分の遺伝子を後世に残すことを望んでいるなら、子には当然結婚して欲しい。特に死期が迫ると本能的にそういう気持ちになるのではないだろうか。ただ人間は知能が高いので、種や個の保存を最優先に考える必要がない。これを最優先で考えるべきかそうでないかはまた別の話になるが、その親の本能にも近い気持ちを無下にして良いのかと思う場合も多いだろう。子はあらゆる要素が入り混じった結果、自分が幸せだと思う形を取れば良い。極論自分が幸せだと思えれば良いのだ。周りから結婚を急かされるのが不快であるならば、もしかしたら、結婚することが自分の幸福度をあげることになるかもしれない。私はこう決めたからこう生きるではなく、自分の心とよく対話して自分が幸せになるであろう選択をして行けばいいのである。頑固にならず柔軟になるべきだ。そうすれば選択肢は限りなく広がり、幸せになる可能性が増える。絶対結婚しないと心に決めた人も、結婚を選択肢に含めよう。絶対結婚すると決めた人も、しないことを選択肢に含めよう。なんなら結婚しないで子を作ることを選択しても良い。そうすることでより幸せになる可能性が増える。あくまで、幸せをを追求することが目的で、自分の遺伝子の存続を考えないのであればの話だが。