ぬるま湯やっほー

アプリ作って生活しようと思ってます。

安全基地は大人にも必要である

pepenee.hatenablog.com

たまたま流れて来た記事を読んで知ったこと。子供(もちろん大人も)にとって、精神的に安心できる場所がないと、行動が抑制されてしまうというもの。例えば夫婦仲が悪かったり、母親がネグレクトだったりすると、子供が好奇心を持って挑戦することがなくなり、発達が遅れたり悪影響が出てしまう。子供が安心して帰れる場所、それを「安全基地(セキュア・ベース)」と呼ぶ。

ja.wikipedia.org

前々から家は精神の拠り所みたいな存在になるべきだと考えていましたが、その名称?みたいなものが分かってより意識しやすくなりました。もちろん子供の性格なんかもあるので一概にそうだとは言えませんが、たまに児童館で母親の側からまったく動かない子供がいて、すごく違和感を感じていたのですが、もしかしたら安全基地が出来上がってないのかもなぁっと。

komachi.yomiuri.co.jp

↑2歳になる子に厳しく叱責し、母親の側から動かない子供のお話。子供に対して「死ね」「テメー」などの言葉遣い。じっと動かない=躾がなっていると母親は思っている。

この話だと完全に子供は安全基地を失って、停止してしまっている状態です。上の子がいるそうですが、他の母親にべったりの様子。完全に子供が居場所を失っています。それを諭すように、ママ友(になって救おうとしている方)が注意しますが、それでも顧みることはなかったようですね。

さて一見すると親が悪いみたいになりますが、なぜ親は安全基地を作ることが出来ないのかを考える必要がある気がしてきました。それが分からないといつまでたっても状況が良くならないからです。そしてこれは連鎖なんじゃないかなと思っています。つまり親が安全基地を持っていないのです。例えば母子家庭で育児の負担が重いとか。別の何かで精神的ダメージを負っているとか。病気持ちとか。親が安全基地を持っていないと、子供にも安全基地を用意してあげられない。理に適ってるように思えます。

最初にご紹介したブログの著者は、自身が精神疾患に罹ったにもかかわらず、児童福祉の仕事を通し、相手の安全基地になることによって、自身の安全基地を手に入れました。これは内側から解決することなので、涙ぐましい苦労と努力を重ねた結果だと思います。素晴らしいです。では、先ほど紹介した母親の場合どうすれば良いか。おそらく自ら解決することは出来ないでしょうから、ここはママ友に任せるしかなかったですね。

ママ友の責任と覚悟

なぜ上の子はママ友にべったりになったのか、なぜ彼女はママ友と友達になったのか。実は彼女も、その上の子も、下の子も、安全基地を求めていたのではないでしょうか。上の子は言わずもがなですが、彼女も些細なことでイライラしているようですし、かなり精神的に不安定になっていたように見えます。おそらくここで、彼女のことを受け入れ、ちゃんと叱ってあげられれば、もしかすると彼女の中に安全基地が出来上がったのかも知れません。上の子は「この人だったら僕たちに安全基地を作用意してくれるかも知れない!」と本能的に思ったのかも知れませんね。そして、ママ友は彼女に注意をします。もちろん時間がかかることですから、一度では解決しないでしょうが、もしこの後もママ友がママ友をしているのであれば、彼女、そして彼女を通してその子供達が幸せになれるかも知れない。見返りとしてママ友にはさらなる幸せが待っているかも知れない。子供でも大人でも、その言動にはサインがあり、理由があり、SOSも含まれている可能性があることを常に頭に入れておく必要があるかと思います。

カフェで無限に働くコツ

パソコンが1台あれば働ける時代になりました。フリーランスの方など、決められた場所で仕事をしなくても済む人が増えた気がします。僕は基本的に、カフェやらファミレスやらに居座って作業しているので、今までに培ってきたカフェで無限に働くコツを今日は紹介したいと思います。

注文しても飲まない

は?と思う方もいるかも知れませんが、飲み物など注文しても一切口をつけません。机の横ちょに置いておくだけです。飾りです。なぜなら空になると「飲み終わったんならとっとと帰れや」と思われてしまう可能性が高まるからです。さらに、飲み物を飲まないことによって、トイレに行く可能性が低くなるので、離席によって集中力が途切れる確率を下げることが出来ます。さらにコーヒーだったら、コーヒーの香りがいつまでもするので、集中力UPが期待出来ます。極め付けは、軽い脱水状態になることによって、英峰高校カバディ部の神畑部長のように一時的にゾーンに入り、神集中出来るようにもなります。割と冗談ではない。

灼熱カバディ (6) (裏少年サンデーコミックス)

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椅子を使わない

は??と思う方もいるかも知れませんが、椅子を使わないです。え?どうやって座るの?と思ってる方もいるかも知れませんが、椅子を使わない以上座れません。ではどうしているのか?空気椅子?そんな筋トレみたいなことはしませんよ。机に座ります。え?行儀悪いと思う方もいるかも知れませんが、ビリヤード台だと思えばいいんです。あの座って体捻って打つ感じの感じ?あんな感じでやると、体のストレッチにもなりますし。なによりカフェで浮く(存在が)ことが出来るので、周りから見られてる感が増し増しで集中力を高めることが出来ます。

机も使わない

は???と思う方もいるかも知れませんが、これはたとえ話ではござらん。拙者は生まれてこの方、机などカフェで使ったことはないでござらん。ござる?「ない」だから「ないでござる」でござる。なぜならば帯刀しているからでござる。机などに座ったら居合が出来ないではござらんか。ゆえ!拙者じゃ机などは不要であるござ。また寝込みを襲われんように24時間寝ずに気を張る必要があるでござ。がんばるござ。

まとめ

いかがでしたでしょうか。以上で、カフェで24時間無限に作業することが出来るようになると思います。もちろん練習は必要になるので、慌てず自分ペースでがんばって下さいね。は???????????????????????????????????????

歌詞が聞き取れないことで有名なゲスの極み乙女。のおすすめ曲10選

こんにちは。僕の音楽サイクルは多分特殊で、1つのアーティストの曲を長いスパンで聞いて行くというスタイルです。というかあんまり音楽に興味がないので、作業中に無限ループで聞いている感じです。今はタイトルのように川谷絵音にはまっているわけですが、その前はサカナクションにはまっていました。サカナクションは多分3年くらい聞いてました。3年間サカナクションだけ聞く感じです。そんな感じでゲス極はもうすぐ2年くらいになると思います。全曲iTunesで買ってます。

で、まぁサカナクションもそうなんですが、ゲス極もどっちにも共通していることがあるんですよね。そうです。何言ってんだか聞き取れないという点です。なんか雰囲気なんですよ。雰囲気。僕自身も雰囲気と勘で生きているので、なんか雰囲気が雰囲気してる曲が好きなんですよ。わかります。音楽は言葉じゃないんです。だから聞き取れなくても、歌詞をネットで調べたりしません。僕が感じた音楽が、僕にとってその音楽だから(?)。

ということで、ゲスの極み乙女。のおすすめの曲、10選を紹介したいと思います。最近好きな順です。

ユレルカレル

出だしの哀愁感が最高。基本的にユレルカレル言いまくってる。「ほら迎えに行くから待ってて」から入るサビが最高。なんか頑張ろう!って気持ちになれる。

秘めない私

最近の曲。出だしから何言ってるか分からない。途中で、ウーパールーパーとジャンケンするんだけど、そのリズムが最高。ていうか終始最高。頭の奥までウーパールーパーになれた気がした。

スレッドダンス

終始早口だけどスピードラーニングよりは聴きやすいかなぁ。サビの部分の「声が〜声が〜」と「夢よ〜夢よ〜」がなんとも切ない気持ちになれる。好き。なんていうかこの辺りから川谷絵音に抱かれても良い気分になってくる。

crying march

アップテンポなんだけど終始絵音がかわいい。かわいい。強くない男の子が強がって言い訳してる感じ。「走り出したら止まれなくて」から入るサビはカッコいいんだけどかわいい。抱きたい。

ハツミ

ゆったりしたテンポで絵音が囁いてきます。そしてフラストレーションが爆発するように入るサビ。「ハイボール!ハイボール!」って言ってるので、多分居酒屋にいる。

id 1

絵音が終始優しくしてくれる。サビの「降る雪に見つめられて僕らは歩むよ」ってなにこのカッコいい歌詞。見つめてじゃなくて、見つめられてだからね。ちょっと落ち着きたいときに聞くと最高のクールダウンになる。

サカナの心

ゲスの極みっぽいアップテンポな曲。サビのピアノの伴奏みたいなバーンバーンバンバンベーンっていうのがすごいオシャレ。

影ソング

「日々のうのう、おーわっちゅうぉううぉう」のサビ。「何も知らないのに出しゃばって」「本当に品がないな君たちは」的なフレーズも沁みる。というかグサッと来る。

息をするために

イントロが長いし。サビまで全然盛り上がらない。人によってはサビでも盛り上がらないかも。でもサビが最高。「息をする〜」からのハモリ具合が最高。

Ink

早口で何かを訴える感じ。あんまり何言ってるかわからないけど、「かんかんとあばばばば、たんたんとあばばばばば」のとこのテンポが心地よすぎる。



以上でっーす!

クラスメイトに赤白帽を盗まれたと聞いて

pimuta-saiko.hatenablog.com

たまたま流れてきた記事。ブログ著者のピムタさんが小学3年生のときに、体育で使う帽子を、気の強いクラスメイトに盗られたという話。2年後に帽子に名前が書いてあって、返ってきそう。読んでてなんだかいたたまれなくなったのコメントをしたら、返信が来たのでそれに対する返信です。長くなりそうだったので。

いやいや、ピムタさんのせいじゃない

「どう対処すればよかったんですかねー」ってコメントしたんですが、それに対する返信が、僕みたいな普通の感性(だと思っている)の人からすると涙なくしては読めない内容だった。

「私に隙があったから。もっと強ければよかった。」

的な返信でした。上の記事内でも同じようなことが書いてありますが、僕からすると360度あらゆる方向から見ても、ピムタさんのせいではないです。小学3年生ですよ。8歳とか9歳ですよ。

親と大人のせいです

まず「どう対処すればよかったんですかねー」という僕のコメントは、完全に親というか保護者目線でした。ピムタさんは、親に盗られたことを報告しているので、対処方法としてはパーフェクトでしたよ。8歳9歳の子供が、クラスメイトに帽子を盗られたことを口頭で親に報告する。この上ない対処方法です。完璧です。中には誰にも言えずに我慢してしまう子もいます(この場合言動にサインが出る可能性が高いので、日々注視して見逃さないようにする。)。

問題は、その報告を受けた親の対処方法。そして、その相手に電話をして聞いているので、相手の親にも原因があります。

ピムタさんの親は、
最終的に「あんたがなくしたんでしょ!」と決めつける。

相手の親御さんは、
帽子にピムタさんの名前が書いてあるのに確認をしない。
(持って返ってきてない場合もありますが。)

あとついでに、
教師も違和感が感じ取れれば名前などを確認することが出来たかも知れない。これはハイレベル教師にしか出来ないが。

まぁどう考えてもここら辺の大人のせいです。

内側から出るサイン

相手の話になるが、多感な時期とはいえ、他の子のものを盗むのは明らかにストレスを発散していると僕は考える。記事を読む限り、先生が低レベルの怖い先生(結果とし盗まれた子(ピムタさん)をみんなの前で叱るんだから本当にレベルの低い先生だ。)だったようなので、帽子を盗んだ子は、怒られるのが嫌だったんだと思う。なぜ嫌だったのか、あくまで推測だが、家でよく叱られることが多いんじゃないだろうか。だからせめて、学校では怒られたくない、そしてそのストレス発散のはけ口として、気の弱い子がターゲットにされるのだ。あーこれもほんとは、彼女は悪くないんじゃないだろうか。いや悪くないんだよ。彼女をせめるのもお門違いなんだよ。親と大人のせいなのだ。よく耳を傾けなよ。すごく大切な時期なんだよ。一生を左右するようなキラキラすることが毎日起こる、大事な大事な時期なんだよ。親は一体何してるんだよ。

親の因果が子に報い

ピムタさんの母親の対処方法、「あんたがなくしたんでしょ!」と決めつける部分を見て、あー忙しいんだろうなっと思ったんだけど、やっぱり親同士が不仲だったみたいで、最終的に母親と2人暮らしになるのかな(死別って書いてある気もしますが。)。これは本当によくあることなんだけど、親同士が不仲だったり、金銭的に困っている、または金はあるけど仕事が忙しすぎる、そういう状態になると親の方ももちろん人間だから、そっちでいっぱいいっぱいになってしまって、子供の声に耳を傾ける余裕がなくなってしまう。そうすると子供も気を遣うから、塞ぎ込んでしまうことが多い。最終的には親よりも、圧倒的に精神が未熟な子供が大大大ダメージを受け、その傷がいつまでも、本当に死ぬまで潜在意識に残ってしまったりする。まさに親の因果が子に報いの状態になる。

結局どう対処すればよかったのか

親に対して思うこと。まず子供が第一優先であるべき。どんなに立派で、どんなに稼いでいたとしてもだ。これは子供のためでもあり、自分自身、親のためでもある。そして、余裕がない時に、子供の声をちゃんと聞けてないことを理解すること。そしてそれは余裕がある時に覚悟をしておくこと。常に優先順位を意識すること。そのためにプライドや世間体は容易に捨てられるようにしておこう。それを踏まえて、どう対処すれば良かったのか。まず親が忙しすぎた場合。もしかしたらこの時すでに母親だけで経済的に支えてもらっていたかも知れないが、頼れる大人に頭を下げて頼ったり、相談するべきだった。すこし家で子供と遊んで欲しいとか、お話を聞いて欲しいとか。そんな感じで良い。いや、頼れる人が誰もいないとか言ってる場合じゃない。いなかったら努力して、探して、作るしかない。忙しいのはわかるけど。仲の良い友達の親とか、先生(別の)とか。頭を下げてお願いしよう。ただそれも叶わなかった場合。最後は他の親だ。他の子供が、もしかしたら、「今日ピムタちゃんの帽子を〇〇ちゃんがとってたー」とか話しているかも知れない。これもサインだ。直接関わると、自分に被害が及ぶかもしれないから、親にそれとなく伝える(通報)する可能性がある。そのサインを逃してはいけない。もちろん関わりすぎると危険だから、傍観も責められることではないが、それとなく、それとなーくでいいから、他の親御さんに事情を聞いてみたり、遊びに来た友達にそれとなーく事情を聞いてみるとか、そういうことの積み重ねで良い方向に向かう可能性は高いと思う。頼れる担任がいると一番ありがたいが、世の中そうも行かないから、周りの動ける大人は賢く、静かに、正義感を持って、対処して行かなければならない。自分の子だけ無事ならば良いわけではない。なんのために、子供たちが集まって、クラスを作っているのか考えなければならない。これは子供たちが集まると同時に、親たちも集まっているのだ。キレイごとに聞こえるかも知れないが助け合わないわけには行かない。

ピムタさんへ

ざーっと読んだ感じで、申し訳ないですが、かなり母親の影響が大きいかなぁと思っています。内気で流されやすい性格ゆえ、母親の勝気な部分をもろに取り込んでしまい、かなり本来の性格と行動が乖離してしまっている気がします。内気なのに、相手に電話したり(母親に電話して確認しろって言われました?)、海外留学やセミナーなどへの参加も、この乖離を埋めようとして逆方向に進んでいる気がしました。あとなんか「女だからって男に負けてはいけない」って思い込みも端々に感じました。これもなんだか刷り込みな気がしてしまいます。「仕事の出来ないピムタはピムタじゃない」みたいな感じで、縛られてる気がします。「自分のことは自分で解決!」「自立せよ!自立せよ!」みたいなのはカッコいいかも知れませんが、「弱音を吐いたり」「誰かに頼る」「甘えられる」「素直に頭を下げてお願いできる」こういうこともすごく素敵なことだと思います。ポジティブが正で、ネガティブが悪ではなく、どちらも正であると思います。意外と原因はピムタさん自身の中にあるんじゃなくて、外にある気がしてきませんか?勉強が出来ても出来なくても、ピムタさんはピムタさんだし、仕事が出来ても出来なくてもピムタさんはピムタさんですよ。家を出て、そう思ってくれる人のそばに行けないですかね。つまり潜在意識の浄化をするために必要なものは、自分自身による回顧ではなく、ピムタさんが苦手と言っている他人にあるんじゃないかなぁと思いました。

どうして勉強しなくちゃいけないの?

どうして勉強しなくちゃいけないの?
20代後半になって、ちょっと分かった気がするので一旦まとめておこうと思います。高校くらいまでの勉強の話です。また30代とか40代になると考え変わってくるのかも知れないですが。僕には1歳半の子供がいるので、将来聞かれた時にこの記事のことを思い出せるように。勉強する理由は2つあると思っている。

勉強する理由1 ルールを知るため

僕の持論だけど、人生はゲームと同じもんだと思っている。ゲームと言うと嫌な顔をする人もいるかも知れないが、ポジティブな意味でです。「人生とは最高に楽しいゲームになりうるもの」であるということ。複数人でやるボードゲームみたいなものが近いと思う。うん。スマブラというよりはマリオパーティかな?あんまりやったことないけど。で、プレイヤーの性格によるんだけど、勝てないとつまらないとか、負けても楽しいとか。どこに幸せを感じるかは人それぞれ。僕的には勝っても負けても楽しいと思えると、尋常じゃなくすごく幸せになれると思うので、子供には、その辺をさりげなーく伝えて行きたいとは思っている。

で、何が言いたいかっていうと、ゲームには必ずルールが存在するということ。ルールを知らないと、ゲーム自体があやふやになってしまい面白みにかけてしまう。というかルールがあって初めてゲームは成立する。そして人生というゲームのルールは超複雑。しかもよく改定される。複雑過ぎて、把握しきるまでに普通の人なら半世紀以上かかる。いや一生把握仕切れないのかも。だから要所だけ、最低限プレー出来るように、要所だけを学ぶのが学校であり、学校の勉強である。複雑さ故、あらゆる角度からルールを教え込む。国語だったり、算数だったり、家庭科だったり。もちろんいわゆる「学問」というのはその一部であり、「部活」や「学校行事」もその一部である。そして大人になるに連れて、ルールを学ぶ割合が減っていき、実際プレーすることが多くなっていく。これは「友達と遊ぶこと」だったり「異性を愛すること」とか「喧嘩すること」とか「社会に出て働くこと」とか「子供を持つこと」とか「誰かが死ぬこと」とか「自分が死ぬこと」とか。もちろん生まれた瞬間から自分でプレーしているわけだが、面と向かって他人や親が丁寧にルールを説明してくれるのは生まれてから、学生が終わるくらいまで。その先は基本的に自分でプレーしながら自分で考えて学んでいくしかない。なぜ学ぶのか、そう。より楽しくプレーするためである。

ちなみに「なぜ楽しくプレーしなければならないのか」という部分に疑問を持ってしまったらすごく厄介なので、ここは幼少期の間に刷り込むしかないと思っている。一緒にいっぱい遊んであげて、一緒にいっぱい笑うしかない。内から湧き上がる「楽しい」を死ぬほど教え込まなければならないと思っている。だからみんなガンガン育休取りなさいよ。とくにお父さん。

勉強する理由2 普遍的な解決アプローチを学ぶため

1つ目の理由とすこし似通っているんだが、人生には困難がつきもので、困難は解決するとすごく生き易い。解決できないと生き辛い。その解決アプローチを学ぶために、学校の勉強は存在している。「じゃぁ練習で人生について悩んでみよう!」って言われても悩める訳が無い。困難にぶつかって、初めて悩める。じゃぁどうやって練習しよう。そうだ、あらかじめ問題と回答を用意して、その問題を解かせれば良い。もちろん学問的な解決方法で、人生の困難が解けるのかと言われれば甚だ疑問ではあるが、そのはじめの一歩の練習だと思えば納得出来ないでしょうか。もちろん、勉強を通さなくても、普遍的な解決アプローチを身につける奴はごまんといるし、あくまで大衆をターゲットにした一番適切な方法であるということ。そしてこの背景には日本が裕福であるからということも同時に意識して欲しいと思っている。そもそも困難だらけで、この方法をとることさえ出来ない貧しい国、状況もたくさんあるのだ。彼らは練習を通さず、いきなり本番に挑戦させられる。あまりにハードルが高い。学校で学べることは、とても優しくて効率的なことなのである。その先にあるのは、勉強が出来るようになることではなく、幸せに生きられるようになるかなのである。

また大人が子供達に伝える努力も大切だと思っている。

さらにラクして宣伝したいので、Twitterの無限いいねのスクリプトを書きました。

前回はこんな感じのスクリプトを書きました。

blog.nurumayu.app

ページ内に出ているいいねを押して、一番下にスクロールして、さらに読み込んでいいねをするといったものです。便利です。

が、このスクリプトのデメリットとして、

  • 基本過去にさかのぼっていいねをする

というのが挙げられます。なので、放置しても古いツイートにいいねをしてしまうので、リアクションがあまり良くなさそう。そこで、前回のスクリプトを改修し、

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下にスクロールではなく、
「○件の新しい結果」というボタンが出るまで待機し、出たら押して、新しいツイートにいいねを押すようにしました。デモ動画もあります。

コードはこんな感じです。
好きなページで、GoogleChromeのDevToolのコンソールにペタッと貼り付けて、あとは放置するだけです。ウィンドウがアクティブでないと動かないっぽいので、ウィンドウをもう1個立ち上げて、横ちょの方に置いとくと理論上無限にいいねします。

またアカウントが凍結されないように基本10秒に1回いいねをするようになってます。さらに新規投稿が出るまで待機するので、機械的な動きを避けれると思っています。しばらくこれで運用してみますが、ご利用は自己責任でお願いします

Chromeの拡張機能にしたいなぁ。

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恥ずかしい人を見ると自分も恥ずかしくなる共感性羞恥

テレビなんかで、この人恥をかくだろうなぁとか、そういうシーンで自分が恥ずかしくなったり辛くなったりします。僕がそうです。多分。共感性羞恥という言葉らしいです。少し前にテレビで取り上げられたみたいですね。

まずバラエティなんかだと、とにかくホリケンが辛いです。ホリケンって知ってます?ネプチューンの。彼の特異なボケに対して、僕は毎回居た堪れなくなって、恥ずかしくなって、自分も一緒にとび跳ねたり、ソファのクッションに顔をうずめたりしてます。あ、面白すぎるって意味ですよ。てかスベること前提にはじける芸人は基本見るのが辛いです。ドラマなんかでも、告白シーンなどがすごくきつくて、「ワー!」「キャー!」すごいんですよ僕。意外でしょ。クッションに顔をうずめたり、キャーキャー言うなんて、女の子なら良かったですけどね。僕ですからね。テラスハウスでもワーキャー叫びまくってます。告白シーンが終わるまで、うろうろ歩き回ったり、別室に移動して隙間から見るなんてこともあります。あとは漫画なんかでも、感情移入し過ぎて、涙が止まらなくなるんですよね。ここ3年間くらいで読んだ中で気に入ってる綺麗なシーンは陰陽師の9巻の最後の方で博雅が「山が燃えている」と言うシーンとか、

陰陽師 9 (ジェッツコミックス)

陰陽師 9 (ジェッツコミックス)

「山が燃えている」

「あんなことがあったのに...」

「あんなことがあったのに...」

「何もできなかった」

「どうにも止められなかったんだよ晴明」
陰陽師 9 (ジェッツコミックス)

あとはフリージア11巻でヒロシがケイコの真実に気付くシーンとが、綺麗でビンビン感じました。

フリージア 11 (IKKI COMIX)

フリージア 11 (IKKI COMIX)

「カレーの材料買ってきてくれた、ヒロシー」

「もうお腹へっちゃったよー」

「この違和感は...」
フリージア 11 (IKKI COMIX)

オススメです。

この共感性羞恥は、10人に1人くらい割合で存在しているそうです。この感性がある人は、相手の立場に立って考えるのが得意な気がします。僕の生業であるアプリ作りでも、ユーザーの気持ちに立って考えるのが非常に大切ですし、あと思ったんですけど、僕は周りの人よりプログラミングのコードの読解力がある気がしてて、でもそれって僕がこのコードを書いた人の考えというか性格をいつも意識してるからであって、それってこの共感性羞恥からくるんじゃないかなぁと思ってます。最近思ったのはRuby on Rails作ってる人と性格合わなそうだなぁってことです。だって、明らかに用意してあげなくても良さそうな関数とか用意してんだもん。甘やかし過ぎやで。